BRAUN

より少なく、しかしより良く

1921

技術者マックス・ブラウンが、フランクフルト アム・マインにラジオ部品の製造会社を設立。
1920 年代にパワーアンプやラジオ受信機を完成。マックス・ブラウンはヨーロッパにおいて、ラジオとレコードプレイヤーの複合機を初めて世に送り出す。

1932

ヨーロッパで初めてラジオとレコードプレーヤーの複合機を発売。

1934

いまや誰もが一度は目にしたことのある、個性的な文字の膨らみと丸く描いた“A” を中央に配した「BRAUN」ロゴが生み出される。

1944

第二次世界大戦中、BRAUNは事実上非軍事用品の製造を断念せざるを得なくなりフランクフルトの工場が壊滅状態となるが1945年に、マックス・ブラウンは150人の従業員とともに会社の再建に乗り出す。

1950

現在のブラウン・シェーバーに応用されている、初の電気シェーバーS50の生産を開始。

1951

マックス・ブラウン急逝。彼の息子である、技術者のアルトゥールとビジネスの学位を取得していたエルヴィンが会社を引き継ぐ。ブラウン兄弟は、「人〈従業員と顧客〉に対する尊厳」というビジョンを掲げ、高いデザイン性と機能性を持つ優れたプロダクトを多く生み出していくことを目標に動き出す。

1954

更なるデザイナーを求めていたBRAUN社は、ドイツのモダンインダストリアルデザインと密接に関わり、ウルムに設立されたばかりのデザインアカデミー “ウルム造形大学に注目し、バウハウスの流れを汲み、デザイン史に名を残すチームが創られた。そしてたった8カ月の間にポータブルラジオからミュージックキャビネットまで、完全に新しい顔のBRAUN製品ライン全てを作り出す。

1955

当時まだ若い23歳のディーター・ラムスの採用は、ブランドにとって将来的に大きな意味のある出来事となる。ラムスはインテリアデザイナーとしてキャリアをスタートさせ、すぐにBRAUNのインハウスデザインチームの中心となる。

1958

1950年代末ブラウンの製品はニューヨークのMoMA(近代美術館)など、一流のパーマネントコレクションに選ばれるようになる。ディーター・ラムスとBRAUNデザインチームによって生み出されたデザインコンセプトは、またたく間に名声を得ることになり、それから時代の変遷とともに様々な製品をデザインしていくことになる。


当時は新素材だったアクリルを天板に使用し、その美しさから『白雪姫の棺』と世界から絶賛された。

1959

TP1 ポータブル・ラジオ&レコードプレイヤー / LE1 スピーカー発売。小型のレコードプレーヤーとラジオがユニットでラジオがとり外し可能なTP1はポータブルマルチ音楽プレイヤーの先駆け的存在。LE1 スピーカーは非常にフラットかつ省スペースで、現代のPCを思わせるミニマルなデザイン。

1963

T1000 ラジオ受信機発売。ディーター・ラムスの代表作のひとつとされる名品。セミプロ向けの高性能マルチバンド・ラジオ受信機で、世界のすべての周波数をカバーするという意味から「ワールドレシーバー」と命名されました。

1965

TG60リール式テープレコーダー発売。ディーター・ラムスが自邸で使えるようにと制作され、サイズと厚みが同じモジュールサイズのスピーカー/コントロールユニットとセットで壁にかけられる仕様になっている。複雑な機械をグラフィカルにレイアウトした機能美あふれるデザイン。

1968

TFG2 ライター発売。ぎりぎりまで無駄を省いた、ミニマルなフォルムで点火スイッチは親指サイズのくぼみに収められています。

1982

ディートリッヒ・ルブスによる壁掛け時計ABW30が発売。その後ニューヨーク近代美術館(MoMA)の永久展示所蔵品にも選ばれることになった名作。

1987

基本機能である数字と他の計算機能のボタンの色を変えた機能的な電卓ET66、ブラウンの代名詞的とも言えるアラームクロックAB1が相次いで発売。どちらもニューヨーク近代美術館(MoMA)の永久展示所蔵品。

1989

機能的なアナログ腕時計AW10発売。文字盤にはブラウンらしい読み取りやすい数字、黄色の秒針と機能性へのこだわりが感じ取れるデザイン。

1997

ディーター・ラムスが退社。ピーター・シュナイダーがラムスの後継者としてチーフデザイナーに就任。

2010

1990年代電動歯ブラシと女性用シェーバーという2つの重要なビジネス分野が現れ、その後は女性美容器具の国際的ブランドとしても発展する。デザイン哲学である「過去の豊かな伝統を基準にしながら、消費者のニーズを満たすための進化をつづける」というコンセプトの元、ラジオ、レコードプレーヤー、計算機、時計、電動歯ブラシ、シェーバーと多岐のプロダクトを世に残しその作品の数々は長い時を経て現在も多くの人々に愛され続けている。